すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
聖 書 ルカによる福音書14章25~35節
説教題 「道を貫く」
大勢の群衆がイエスの後についてくるのをご覧になって、イエスは、ご自身の弟子となる道についての教えを語られました。イエスの道は、十字架の苦難の死に向かっています。神の僕として、神の御心を実現するイエスの道は、十字架の苦難の死を通して完成するのです。イエスに従って行く者は、イエスの十字架を受け入れ、イエスの十字架にあずかることが求められています。それは、一人一人が自分の十字架を負うことを通して、あずかるのです。
具体的に、個々人の十字架として語られているのは、「父、母、妻、子、兄弟、姉妹」、さらに、自分の命をも捨ててイエスに従って行くことであります。イエスに従うためには、肉親との強いから離れなければならないこともあるのです。
なによりもまず、イエスを主として仰ぎ、イエスに従う道を確立しなければなりません。そうすることで、イエスを通して、イエスと神を中心にして、肉親をはじめ、すべての人との関係を新たにしていくのです。本来の人間関係の正しい秩序が、イエスを主として従う中で与えられるのです。他の人との祝福された人間関係を生きるために、また、自分の命をキリストの中に見出すために、自分の命を捨てることが求められています。キリストを生きることは、自らの永遠の命を生きることなのであります。
イエスにある恵みを得ようと願う者は、イエスと共に十字架の道を歩むことにより、イエスがお持ちのすべての恵みを受ける者となるのです。十字架の道は、復活の勝利への道でもあります。イエスにある苦難は、イエスを信じて従う者たちを復活の勝利の命を生きるところへと導きます。
イエスにある恵みを受けて、イエスと共に新しい命を生きるために、喜んですべてを差し出す者は、幸いであります。
栄光とこしえに父・御子・御霊の神にありますように。