すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
十字架の重みに耐え
このこの度 100万人の福音 というキリスト教雑誌6月号に
思いがけず私が作った短歌を載せていただくことになりました。
それはこのような歌です。
「十字架の重みに耐えてたどりゆく
道遠ければ主よ助けませ。
私は誕生 間もなく 脳性小児麻痺にかかり、 以来 今日まで話をすることも立って歩くこともできません 。体の自由といえば わずかに目の見えること耳の聞こえること、そして不自由ながらどうにか動く両手があることです。
ですから、たとえば自分の意思を相手に伝えるためには、文字盤に書かれた字を一つ一つ指で刺しながら読んでもらう状態です。
実はこの文章も、私がこのように語ったことを母が代筆してくれたものです。
このような私にも、字が読めるようになったのはとりわけ、母の隠れた愛と努力があったことを私は決して忘れません。
私は イエス・キリストを信じる前までは、 将来のことを考えるたびに大きな不安にかられたものです。 私はこれからどうなるのだろうか。 私は何のために生きてるのだろうかといった。 それは言葉では到底言い表せない 不安でした。 昼間はテレビやレコードでなんとなく気を紛らわすことができましたが、 夜になると 一人静かに自分のことを考える時間がやってくるとそれは不安というより恐怖の時でした。 さらに 私に与えられた 苦悩の上に家庭の不和 という問題が加わってきました。 ちょうどそのような状態の時、ある日、 ラジオを通してイエス・キリストの福音という放送が私の耳に入ってきたのです。それはまさに 迷える子羊 にも等しい私に神がもたらした救いの言葉、神の救いの招きの御声でした。神様は約束なさいました。主イエスを信じなさい。 そうすればあなたもあなたの家族も救われます。
私はその日から キリストを救い主と信じ、 救われる という問題について真剣に取り組みました。聖書の通信 講座も学び始めました。そして現在 皆さんに最初にお聞かせした神様に対する信頼の祈りの歌を発表できるまでに導かれてまいりました。
主イエス様は毎日それほど私の祈りに応えてくださり、豊かな恵みをもって導いてくださいます。いま私は主に対する信頼をますます強められてきたことを身をもって経験しております。確かに私は人並み以上に弱さや穢れを覚えていないのです。それと同時に私は人並み以上に主イエス様の強さと恵に預かろうと信仰の道に励んでいます。
私は今更ながら、この貧しいものに与えられた主イエス・キリストの恵みの大きさと素晴らしさに驚きと喜びを感じている次第であります。私は早いこと申し上げたい言葉があります。皆様の中で、もし私と同様に自分のことで嘆き苦しんでいる方がいらっしゃるなら、どうぞイエス・キリストを救い主と信じて下さい。神様はきっと、今の苦しみを喜びに変えてくださいます。