すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
テモトへの第一の手紙15~16節
15.
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。
16.
しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し、そして、わたしが今後、彼を信じて永遠のいのちを受ける者の模範となるためである。
ローマ人への手紙10章9~13節
9.
すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。
10.
なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。
11.
聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。
12.
ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。
13.
なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。
コリント人への第一の手紙15章56~58節
56.
死のとげは罪である。罪の力は律法である。
57.
しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。
58.
だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。
コロサイ人へ手紙1章13~14節
13.神は、わたしたちをやみの力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった。
14.わたしたちは、この御子によってあがない、すなわち、罪のゆるしを受けているのである。
ローマ人への手紙14章7~9節
7.
すなわち、わたしたちのうち、だれひとり自分のために生きる者はなく、だれひとり自分のために死ぬ者はない。
8.
わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。
9.
なぜなら、キリストは、死者と生者との主となるために、死んで生き返られたからである。